胸の痛みは、心の痛み。

 温石が救う___恋物語

 「御焼石当てさせ給はむとや」

 

『落窪物語』は、日本版シンデレラ物語ともいわれています。

『枕草子』の中にも『落窪物語』についての記載があることから、それ以前に書かれたものだと分かります。

 

登場人物は継母北の方とシンデレラ落窪の君

姫を救い出しにくる王子様小将と、間に立って活躍する姫君の侍女あこき

そして、継母にそそのかされて、姫をねらう初老の典薬助

 

(新版 落窪物語上 室城秀之氏 訳注 p358~363)

**************

あこきは、姫君が閉じ込められている部屋にそっと近寄って………「あこきです。北の方たちが姫君を典薬助と結婚させようとしているそうです」………姫君は、あこきの話を聞いて、心臓がとまる思いがして、どうしていいのかまったく分からずにいる。………今までもつらい思いをしてきたが、そんなこととは比べられないほどつらく感じられて………急に胸がいたくなるので、胸を押さえて、うつ伏せになって激しく泣く。

北の方が、「どうして、こんなに泣いていらっしゃるのですか」と尋ねると、「胸が痛うございますので」と………「まあ気の毒なこと。何かの罰があたったのかもしれませんね。典薬助さんは医者です。診ておもらいになったらいかがですか」

………(典薬助)姫の胸を診ようとして、手を触れるので、姫君は、激しく泣くけれど………

「御焼石当てさせ給はむとや」

 

あこきが、「焼石をお当てになったらいかかですか」と申し上げると、姫君が、「それはいいですね」とおっしゃるので

………あこきは、典薬助に、「焼石を探して姫にさしあげてください。屋敷の人も、皆寝静まって、私などが言っても、よもやくれないでしょう。あなたさまが焼石を探して持って来てくださるかどうかで、姫君への愛情があるかないかを見てもらう最初の機会になさってはいかかですか」………「とてもたやすいことだ。姫君に対する私の思いの火で、石を焼いて見せよう」

………そのうち、典薬助が焼石を布にくるんで持って来た………典薬助は、装束の帯紐を解いて横になって、姫君を抱き寄せようとするので、姫君は、「ひどく胸が痛いのです。今日は、起きて押えているほうが、少し休まる気持ちがいたします

**************

 

間一髪、典薬助の添い寝から

胸に押えた温石(焼石)が守ってくれた『落窪物語』のシーンでした。

 

「御焼石当てさせ給はむとや」

あこきの機転が利いた一言。

 

それにしても、こころとからだは密接に影響し合っていることが

千年も昔のお話からもうかがい知れます。

東洋の五行説では、五臓:脾 五腑:胃

七情のうち、脾に関する感情は

いすぎる(思い悩むことが多い ⇒ を傷つける

 

典薬助が今宵やって来ると聞いただけで、<胸>が痛み出す姫君。

巻1_1でも書きましたが、当時の<胸><胃><胸の病><胃痛・胃痙攣>

胸(胃)が痛む時は、患部を温石などで温めて養生していたことが分かるシーンでもあります。

 

 

さて、次回、巻1_3では

北の方に医師だと紹介されてその気になる典薬助ではなくて

本物の博士、当代きっての名医、丹波康頼

隋唐以前の二〇三文献から撰集した

『医心方』の中から温石の記述をご紹介いたします。

そのお話は、また次回 巻1_3にて。

 

 

その前に、『落窪物語』の王子、小将さまの恋路の続きを。

 

小将さまが落窪の姫君のもとへ、人目をしのんで通われる、ある雨の夜。

(新版 落窪物語上 室城秀之氏 訳注 p290~292)

*******

 「三三 小将、盗人の嫌疑をかけられる」

真っ暗闇の中を、笑いながら、ひどくむかるんだ道をよろよろと(小将と帯刀が)歩いて行かれるうちに……先払いをしてたくさん松明を灯させた一行にばったり出会った。……「なぜ、そうやって突っ立ているのだ。すわって控えていよ」と言って、傘をぱんぱんと叩くので、小将たちは、糞がとてもたくさんある上に尻もちをついてしまった。 

 

………小将が、「ああ、ここから帰ってしまいたい。糞がついてしまった。ひどく臭くて、このまま行ったら、せっかくの雨のなかを来たのに、かえって嫌われてしまうだろう」とおっしゃると、(少将の乳母の子)帯刀は、笑いながら、「こんな雨に、こうまでしておいでになったら、姫君は、糞の臭いを嗅いでも、きっと麝香の香りだとお思いになるでしょう

*******

 

 

え~~思わな~~~い!

糞の臭いを麝香の香りだなんて~~~!!

臭いわよ、小将さま

と言ったのが、あの清少納言

 

『枕草紙』の中で

『落窪物語』の少将の恋路に触れて

浮かれ気味の殿方の心の内をぴしゃり!!

 

(現代語訳 枕草紙 稲賀敬二氏 訳 p275)

*******

雨は、風情ないものと思い込んでいるせいか………それだのに何でそんなに濡れてぶつぶつ言いながら来たようなのが、すてきなものか………大雨の夜、やって来て、屎によごれた足を洗ったのは、おもしろくない。さぞやきたなかったろう。

風など吹いて荒れ模様の夜、来たのは、頼もしくて、これを迎えた女は、うれしく思うだろう。

 

足洗ひたるぞ、にくき。きたなかりけむ。

風など吹き、荒々しき夜、来たるは、頼もしくて、うれしうもありなむ。

*******

 

そうそう!!清少納言の言う通り。

女性は、風の強い日に

不安な思いをしている中

暴風にも関わらず駆けつけてくれる殿方を、頼もしく、嬉しく思うもの。

雨でびしょびしょで、糞に塗れてしまっては

臭いだけです、ときめきません、小将さま。

 

おあとがよろしいようで。

『温石物語』巻1_3をお楽しみに♬

今宵はここまで。